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人的資本経営

CHROとは

人事機能の変遷の到達点と、その先に求められる役割

13分

CHROとは — 人事機能の変遷の到達点と、その先に求められる役割

企業が「人」をどう扱ってきたか — CHROが生まれるまでの100年

企業が従業員を「コスト」と見なしていた時代が長くありました。

Taylorの科学的管理法(1911年)に象徴される時代、人は「作業を遂行する労働力」であり、管理と統制の対象でした。人事は「給与計算と出退勤管理」を担う管理事務に過ぎず、経営の中核的な議題にはなりませんでした。

この認識が変わり始めたのは20世紀後半です。Becker(1964年)が「人への支出はコストではなく投資である」ことを実証し、Barney(1991年)が「人的資本こそ模倣困難な競争優位の源泉である」と論じた。人材が経営の競争変数であるなら、その変数を経営レベルで操縦する人が必要になる。Dave Ulrich(1997年、Human Resource Champions)が人事の役割を「管理」から「戦略パートナー」へと再定義したとき、CHROという役職の必然性が生まれました。

→ この変遷の全体像は 企業と人の100年 — 組織論と人材戦略の変遷、そしてその先 で詳述しています。

人事機能はこう変質してきた

時代人事の位置づけ主な機能
〜1970年代管理事務給与計算、出退勤、法令遵守
1970〜1990年代人事部採用、研修、評価、労務の専門機能
1990〜2000年代戦略人事事業戦略との整合、組織設計
2000年代〜CHRO人材戦略を経営戦略に接続

この100年の変遷を経て到達したのが、CHROです。


CHROとは — 定義と役割

CHROとは、Chief Human Resources Officer(最高人事責任者)の略称です。「人事部長の格上げ」ではなく、「人的資本の観点から経営に参画する」役職です。

なお、ここで述べる内容は一般的な傾向の整理であり、HCM(人的資本経営)における最適解は、事業形態・規模・経営戦略・人財戦略・担当領域・担当者によって異なります。自社の状況に照らしながら読んでいただければ幸いです。

CHROは、企業のC-suite(最高経営幹部)の一員として、以下の機能を統括します。

人材戦略の設計と経営への接続。 事業戦略の実現に必要な人材ポートフォリオを定義し、採用・育成・配置の方針を経営レベルで設計する。「どんな人材が、いつまでに、何人必要か」を経営計画と一体で考える機能です。

組織設計と人的資本の最適化。 組織構造、報酬体系、評価制度、サクセッションプランニング(後継者育成計画)を設計・運用する。個々の施策ではなく、「人的資本が事業価値を生み出す構造全体」を設計する立場です。

ステークホルダーへの説明責任。 2023年以降の人的資本開示義務化により、CHROは投資家・取締役会に対して人的資本の状況を説明する責任を負います。「人にどう投資し、どんなリターンを得ているか」を数値と戦略の両面で語れることが求められます。


Ulrichの4つの役割モデル — CHROの機能設計

CHROの機能を理解する上で、Ulrich(1997年)のモデルは今も参照枠として有用です。

戦略パートナー(Strategic Partner)

事業戦略と人材戦略を接続する役割。「この事業計画を実現するために、どんな人材がいつまでに必要か」を経営陣と共に設計する。多くの企業がCHROに最も期待する機能であり、同時に最も実現が難しい機能でもあります。

管理エキスパート(Administrative Expert)

人事プロセスの効率化と品質管理。採用、評価、報酬、労務の仕組みを標準化し、運用する。AIやHRテクノロジーの導入もこの領域です。

従業員チャンピオン(Employee Champion)

従業員の声を経営に届ける役割。エンゲージメント、ウェルビーイング、組織文化の設計。「社員を代弁する」だけでなく、「社員が力を発揮できる環境を設計する」機能です。

変革エージェント(Change Agent)

組織変革を推進する役割。M&A後の統合、事業構造の転換、文化変革など、組織の「形を変える」局面でのリーダーシップ。

Ulrich自身は2024年にこのモデルの進化について言及しており、「HR is about creating value in the marketplace, not just strategic value internally, but value for customers, investors and communities」と述べています。CHROの役割は今も拡張し続けています。


日米のCHRO — 何が違うか

米国:2000年代に確立、経営の中核

米国では1980年代後半から1990年代にCHROが登場し、2000年代に確立されました。Fortune 500企業の60%以上がCHROをC-suiteに置き、94%がCEOに直接レポートしています。

米国でCHROが早くから確立された背景には、ジョブ型雇用の構造があります。「このポジションに必要な能力は何か」を定義し、それに合う人材を採用・配置する。この構造は、人材を「戦略変数」として扱う発想と親和性が高く、CHROの役割が自然に生まれやすい土壌でした。

日本:2010年代後半から、まだ確立途上

日本では、CHROに相当する役職が置かれ始めたのは2010年代後半です。経済産業省「人材版伊藤レポート」(2020年)がCHROの設置を推奨し、2023年の人的資本開示義務化がその動きを加速させました。

ただし、日本でCHROが機能しにくい構造的な理由があります。メンバーシップ型雇用のもとでは、「人材要件の定義 → 採用 → 配置」というジョブ型のロジックが組織全体に浸透していないケースが多い。CHROが経営に参画しても、事業部門が「人材は人事の仕事」と捉えていれば、翻訳は片方向にしか流れません。


CHRO・CHO・人事部長・HRBPの違い

CHROCHO人事部長HRBP
正式名称Chief Human Resources OfficerChief Human Capital Officer / Chief Heart OfficerHR Business Partner
位置づけC-suite(経営幹部)C-suite部門長事業部門内の人事機能
レポートラインCEO直轄CEO直轄管理本部長等事業部門長 + 人事部門
主な機能人材戦略と経営の接続CHROと同等(名称の違い)人事部門の管理・運営事業部門の人材課題を現場で解決
視点全社 × 経営全社 × 経営人事部門内担当事業部門

CHOは「Chief Heart Officer」「Chief Happiness Officer」など複数の解釈がありますが、多くの場合CHROと実質的に同等の役割です。名称の選択は企業文化や経営者の意図を反映しています。

HRBPは、Ulrichのモデルから派生した概念です。CHROが「全社レベルで経営と人材戦略を接続する」のに対し、HRBPは「事業部門レベルでその接続を行う」。CHROが全体設計、HRBPが現場実装、という役割分担です。


CHROの先にあるもの

「翻訳者のボトルネック」問題

CHROの役割を一言で言えば「経営戦略と人財戦略の翻訳者」です。事業側が何を必要としているかを理解し、人的資本の観点で打ち手を設計し、実行する。

しかし、翻訳者が一人(またはCHRO + 人事部門)に集中している構造には限界があります。事業部門の数だけ「人材の問題」が同時多発的に起きているのに、それを全てCHROが把握・判断・指示することは現実的ではありません。

全社員CHRO化 — CHRO的思考の民主化

私たちが考える最も生産性が高い組織は、全社員がCHRO的思考で行動できる組織です。

これは「全社員が人事の仕事をする」という意味ではありません。全社員が以下の思考プロセスを持つ状態です。

  1. 経営戦略を理解している(前提)
  2. 自部門の目標を人的資本の観点で分解できる(CHRO的思考)
  3. 採用・育成・配置のどれが必要かを判断し、主体的に行動できる(実行)

企業のほとんど全ての問題は、人材の問題に帰着します。売上が上がらない — 売る人の問題か、作る人の問題。その人を採用できていないのか、育成できていないのか、最適配置できていないのか。全社員がこの分解を行える状態では、問題の発生地点と解決の意思決定が同じ場所で起きます。

この状態が実現すると、CHROの役割は「翻訳者」から「設計者」に変わります。全社員がCHRO的に思考するための仕組み — 経営戦略の可視化、データの民主化、判断基準の標準化 — を設計し、プラットフォームとして提供する。実行は現場に委ね、CHROは全体の設計と品質を担う。

→ この論点の全体像は 企業と人の100年 — 組織論と人材戦略の変遷、そしてその先 で詳述しています。


結論 — CHROは「到達点」であり「通過点」

組織論の100年は、人事を「管理事務」から「経営の戦略機能」に引き上げてきました。CHROはその到達点です。人材戦略が経営戦略と同等の重要性を持つことが認識され、それを担う役職が経営の中核に置かれるようになった。

同時にCHROは、通過点でもあります。「人材戦略は経営の中核である」という認識を、CHRO一人ではなく全社員が共有すること。経営課題を人的資本の観点で分解し、採用・育成・配置の判断を主体的に行える組織を作ること。その設計者としてのCHROが、次に求められる姿です。


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この記事について

本稿は、iBECK代表・竹中淳人の実務経験に基づいて執筆しています。

前職にて8年半、採用責任者として年間応募者数を1万人から8.6万人に拡大。人事採用領域で日本1位を13回取得。世界5地域・60大学超での採用活動を経験。独立後12年間にわたり、人財戦略コンサルタントとして、従業員30名のベンチャーから約5万人規模の大手企業まで、採用ブランド設計・採用戦略立案を支援してきました。


参考文献

  • Ulrich, Dave (1997) Human Resource Champions — 人事の4つの役割モデル(戦略パートナー、管理エキスパート、従業員チャンピオン、変革エージェント)
  • Ulrich, Dave (2024) "Update on HR Business Partner Model Continuing Evolution and Relevance" — Ulrich自身によるモデルの進化に関する言及
  • Barney, Jay B. (1991) "Firm Resources and Sustained Competitive Advantage" Journal of Management — 人的資本が競争優位の源泉
  • Becker, Gary S. (1964) Human Capital — 人的資本論(ノーベル経済学賞)
  • Wright, Patrick M. & McMahan, Gary C. (1992) "Theoretical Perspectives for Strategic Human Resource Management" Journal of Management — SHRMの定義
  • Lengnick-Hall, Cynthia A. & Mark L. (1988) "Strategic Human Resources Management" Academy of Management Review — 経営戦略とHR戦略の双方向関係
  • Laloux, Frédéric (2014) Reinventing Organizations — ティール組織
  • 経済産業省「人材版伊藤レポート」(2020年) — CHROの設置を推奨
  • 濱口桂一郎 (2021) 『ジョブ型雇用社会とは何か』岩波新書 — メンバーシップ型雇用の構造
  • ISO 30414 (2018) — 人的資本の報告に関する国際標準
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